SolitOUD

7コース13弦ウード&カマンチェと過ごす穏やかな日常

無口な教師 カマンチェ (2)-1

 イランの擦弦楽器カマンチェの練習を通して楽器から教わったことを書いてみようというシリーズ第2回目です。今回のテーマは脱力についてです。

 

「脱力して弾きたい。本当に脱力して最低限の力で弾くには?」

 おそらくどんな楽器でも求められる重要な項目です。初心者のうちはうまく弾けないためにどうしても力が入りすぎてしまいます。「力を抜いて。」「脱力して。」初めのうちは四苦八苦するのは誰もが通る道として仕方がないのかもしれません。

 しかしある程度進んだ練習生はこの言葉の枠を自力で超えなければいけません。前回の「無心になること」と同様に、「脱力しよう」と思った瞬間もうすでに精神的に力んでしまっている状態ですから、これを意識している限り真の意味では脱力し切れていないと言えるのではないでしょうか。

 では具体的にどうすれば良いのか、ということをカマンチェ先生が1対1で教えてくれました。まずいきなり結論から書きますね。

 

力感のゼロポイントを探すこと

 例えば押弦で言えば、弦を押さえるのに必要十分な最低限の力だけで押さえるということですよね。これをジャストな加減で達成できた時には「押さえている感じ」もしなければ「こわばっている感じ」もしないのです。

 本当にバランスが取れていれば、関節にも筋肉にもどこにも余計な力がこもらず、結果全く何もしていないかのような状態でいられます。そんな力感のプラスマイナスゼロポイントが必ずあります。それを探るのです。

 しかしこれを見つけるのは決して簡単ではないので焦らないでください。見つけたとしても、その状態にスッと入れるようになるのにもまた長い期間の練習を要します。

 カマンチェがどのようにしてこんなことを教えてくれたのか、その内容がそのままゼロポイントについて知るヒントにもなりそうなのでお伝えしたいと思います。そのためにまず楽器の特徴やカマンチェの弾き方を説明させてください。物理に直接根ざしたような楽器なので、きっとなるほどと思っていただけると思います。

 

全てにおいてバランスの上で成り立つ楽器

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 カマンチェは常に一本脚で真っ直ぐに立ち、奏者は楽器の脚を軸にして左右に転回させて移弦して弾きます。楽器が倒れないよう支えているのは直径1cmにも満たない軸脚と、奏者の左手のみです。

 

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 左手をこのようにネックに添えてボウイングします。ダウンボウ(弓が左から右へ動く時)はボウイングによって楽器が右に回ろうとする力が微妙に働きます。これを左親指で受け止めて回らないようにします。アップボウでは逆に左に回ろうとする力を人差し指の側面で止めます。

 これを止めておくのに「押さえ込んで」しまえばスムーズな運指はできません。「左手を軽く締めておく」とか「アソビを取り除く」くらいの感覚でちょうど良いのです。とても微妙な加減です。

 

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 押弦時の指の形はこんな感じになります。弦を押さえるのに力を入れすぎてしまえば反対側に向かう過度な力がかかり、それをさらに無理やり握って押さえて…という悪循環に陥ってしまいます。それでは肩が凝ってしまいます。「押さえる」ではどうも力感が強くなりすぎて支障が出てしまうので、ここでもやはり「左手を締める」意識でいると良いのです。

 さて、何かピンと来ましたでしょうか。「押さえよう」としてしまうのは、かえってバランスを欠く状態に自ら飛び込んでしまうことになるのかもしれません。しかし弦には張力がかかってピンと張っていますから、たしかに「押さえて」踏み込まねばなりません。どうすれば良いのでしょう。

 

押弦1:細くて柔らかい1弦の場合

 押弦に過不足ない力加減を探すには、まず左手指を完全に脱力してみます。そこから左手を押弦時の形にして「締めて」(アソビを取り除いて)みます。この状態では指は弦を軽く押していますが、弦はまだ指板についておらず、押弦まではできていません。

 1弦ならばこの状態であともう少し指先で押してやればすぐに弦が指板につき、軽い力で押弦が完了するはずです。

 ですが、全く初めての方の場合、1弦でも弦が固くて指が痛くて「こんなの無理でしょー!」って感じになると思います。これはバイオリンでもギターでも誰もが最初はそうなんです。練習を続けているとだんだん指の皮が厚くなってきて全く平気になりますので、焦らなくても大丈夫です。指さえできてくれば1弦なら特に問題なく「最低限の力」で楽に押さえられると思います。

 

押弦2:低音弦の場合

 しかし太さのある低音弦は指先だけの力ではうまくいかず、つい力んでしまいがちになるでしょう。その場合は左腕全体の重さを利用します。

 左の肘に重りがついていると想像してください。左上腕の筋肉を緩めれば、この重りが重くなりますので、その重さを指先から自然に流すようにして押弦します。流した力はカマンチェ自身の背骨を通してアースしつつ、ちょうど押弦が完了する力まで流れたら上腕の筋肉の弛緩を止めればいいのです。

 左手を締めて、腕の重みを指から弦に伝え、その力が楽器の自重と合わさって脚から抜けていきながら真っ直ぐに立って静止している状態。これがゼロポイントです。この時の力加減はあまりにも自覚がなさすぎて逆に不安になるかもしれません。「押さえて」もいなければ「脱力」もしていない、楽器と奏者が一体になってバランスが取れた状態です。

 

結論:「押さえよう」とも「脱力しよう」とも思わないこと

 だから最初の出発点、「押弦」「脱力」という表現からして語弊があるのかもしれませんね。力のバランスがプラスやマイナスに偏った地点に焦点を合わせるのではなく、その中間のゼロポイントがあることを知ること。弦の張力に対しては重力をもって打ち消す(プラマイゼロにする)こと。

 これを達成した時、自動的に物理の縛りから自由になります。このゼロポイントに居続けた上で、かつ楽器の演奏技術が身についてくれば、はじめて軽やかで自由自在な演奏を繰り出せるようになるのだと思います。

 

  (自由自在な演奏例です。)私の場合カマンチェではまだまだ練習するべき基礎が多すぎて「言うは易し」状態ですが、これに気づいてからウードを弾く時の左手がとてもよく回るようになりました。余計な力がなければこんなに軽々と弾けるんだと自分で驚いています。

 次回はゼロポイントについて日常の物事に当てはめて実例を出し、他の楽器でもこれを探すための手がかりとなるようもう少し詳しく書いてみたいと思います。(我ながら難しいなぁ書けるかな~)