SolitOUD

7コース13弦ウード&カマンチェと過ごす穏やかな日常

悲しみのカマンチェ

 さて。「新たな楽器を入手しました」なんていう話題はできれば明るく元気にお知らせしたかったのですが、非常に残念ながらそういう訳にはいかない状況となってしまいました。

 今、私のウードの隣には全くもって別系統の新しい楽器がちょこんと座っています。イランの擦弦楽器、カマンチェです。ケマンチェと表記されることもありますが、ペルシャ語の発音を聞くと「キャマーンチェ」というのが近いようです。ウードがギターの祖先だとすれば、カマンチェはバイオリンの祖先と言える楽器です。

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英語版 Wikipedia Kamancheh より。私の楽器ではありません。

 元々は3本の絹弦が張られていましたが、西洋のバイオリンが逆にイランに広まってからは4本のスチール弦仕様が一般的となりました。弦長もバイオリンとほぼ同じ33~34cmのため、現代ではバイオリンと同じ調弦 GDAE 1弦下げの GDAD にすることが多いようです。皮張りの丸い共鳴胴にチェロに見られるような一本の脚(スパイク)を持ちます。これを軸として楽器を転回させることで移弦します。

 カマンチェはアンサンブルに入ることもありますが、最も重要な仕事はソロでの即興です。この楽器とそのインプロビゼーションはユネスコ無形文化遺産にも登録されています。その演奏法がよくわかる伝統的な演奏の動画を紹介しましょう。特に中盤からの踊るような動きはこの種の楽器(スパイクフィドル)特有のもの。見事な手捌きです。

 カマンチェの熟練奏者はどんなに長く激しい演奏をしていても心中の静寂を保っているような方が多く、凛とした禅僧のようでもあり観ていて清々しいため、私はこの楽器の演奏動画もよく視聴していたのです。しかし仮にこの楽器を手にしたとしても難解な即興の勉強をぜひしたいとまでは思えないし、何より素晴らしいウードがすでにあるし、大人しく観ているだけにしているつもりでした。

 

 ところがある日、お世話になっているギタリストの長谷川先生が弓奏ギターとも言えるアルペジョーネを入手されたと仰るではないですか!しかも以前お持ちだったものは売却し、新たに制作家に作っていただいたのですって…。えー、何それ!擦弦楽器は我慢してたのに先生ズルい、などと意味不明な衝動が(笑)。これが一つ目の理由でした。

 もう一つ購入について決定的となったのは、ちょうどその頃アメリカがイランの要人を殺害したというニュースが流れていた事でした。「もしかして、考えたくもない事だけど、イランの楽器を購入するなら今しかないのでは」という嫌な予感が強く湧き、すぐに注文してしまいました。同時に以前から興味のあったウードやカマンチェの楽譜集や教則のような本も、ペルシャ語でも構わず何冊も購入しました。

 

 短いですがカマンチェの魅力あふれる一曲です。途中から聞こえてくる不思議なニュアンスの撥弦楽器はカマンチェ自身のピチカートです。皮張り共鳴胴のおかげでこんな幽玄な音色になるのです。

 

 私が注文したショップは出来合いの在庫を送るのではなく、演奏される地域の気候に合わせた皮張り仕上げを施して発送してくれる良心的なところでした。注文から発送まで10日ほど、それから到着までやはり10日位でしたでしょうか。

 ところが一点、不備のある状態で到着しました。演奏に直接の支障はありませんが、カマンチェのヘッド頂点についている壺のような装飾パーツが無かったのです。写真と共に知らせたら、「どうやら発送過程で何者かが盗んだようですしかしすぐに新しいものを用意して送りますからご安心ください!」との返事が。こんなパーツを一体誰が盗みたがるのだろうという疑問は仕舞っておいて、丁寧にお礼を言って到着を待っていました。

 それから約2週間が過ぎ、だんだんとこの小さなパーツのことよりも現地の方々の方が余程心配な状況になってきました。そんな中、昨日1通のメールが届きました。部品自体は準備ができているけれど、コロナウイルスの猛威によりすでに厳格に隔離されていて発送がいつになるかわからないのこと。非常にまずいことになっている状況が伝わってきます。日本も大変ではありますが、イランでは毎日新たに数十人、日を追うごとに増えていく死亡者数の報告に言葉もありません。一日でも早く終息することを願うばかりです。

 最後にもう一曲、若いのに卓越した腕前の奏者による大好きな動画です。「カマンチェは永遠の悲しみを生きる楽器」(アゼルバイジャンの著名なカマンチェ奏者 Habil Aliyev 談コメント欄にそうありました。

 私の元に来た楽器の写真や仕様などはまた後日記事にしたいと思います。